満開の桜に積もる雪(桜隠し)

64回(昭和32年卒) 渡部  功
 
満開の桜に積もる雪(桜隠し)
1 桜の季節に降雪
 旧暦3月の桜の咲く頃に雪が降ること、または、満開の桜に積もる雪のことを「桜隠し」といいますが、去る4月21日の山形市は一時本降りとなり、家々の屋根や道路が白く覆われました。桜の名所・「霞城公園」の満開の桜も綿帽子を被り、寒さに震えていました。
 この様な現象は、強い寒気と低気圧の影響によるもので、平地の山形、米沢の両市などでは午後からは降り止んだものの、山間部の肘折、志津、中津川などでは積雪となる、2006年(平成18)4月20日以来の異常気象現象でした。
 今年の桜(ソメイヨシノ)には開花時の雪とは別の異変現象が見られました。5月3日や9日付の山形新聞記事やテレビニュースにもあったように、最北地方のソメイヨシノの花芽のつきが例年になく少なく、この時期満開を迎えていた村山市でも山沿いにある木々には少ししか開花が見られず、尾花沢や大石田でも咲き始めとなったものの花芽のまばらなものが目立ったというものです。さらに、1990年(平成2)に「財団法人日本さくらの会」が「鶴岡公園」と共に「日本さくら名所100選」に選定し、「置賜さくら回廊」の起点にもなっている南陽市の「烏帽子山公園」の千本桜も花芽が十分つかない状態に見舞われたのです。
2 ソメイヨシノに見られた異常現象の原因
 「烏帽子山公園」の調査を行った樹木医の三森和裕さん(NPO法人「美しい山形森林活動支援センター」副理事長)の見解などを参考にして今年のソメイヨシノが異常現象を示した原因として考えられることを纏めてみると、「@野鳥の「ウソ」の食害があったのではないか。「ウソ」という鳥は、山中での食料が不足すると、群れで里に降りてきて、ヨーロッパではスモモ、ナシ、リンゴ、アンズなどの果樹の花芽を、日本ではサクラの花芽を食害する。嘴で一つずつもぎ取ったサクラの花芽をそのまま飲み込むのではなく「鱗皮(りんぴ)や「包(ほう)」は吐き出し、小さな花芽の「芯」だけを食べる。テレビニュースなどでも実際にソメイヨシノの花芽がこのような状況で食害されているのを観察した方もいると報じているので、ウソによる食害の被害は事実と考えられる。ただし、これを防ぐ対策は基本的に無いとされている。A「越冬芽」は、前年の秋から冬にかけての一定の低温(注)にさらされることが重要で、春になってからは、気温が上昇するにつれ休眠から覚める(「休眠打破」)。その後、花芽が成長を続け、成長のピークで開花するメカニズムを有するが、春先の低温の影響で「越冬芽」が「休眠打破」する機会を失ったのではないか。つまり、ソメイヨシノは、今年の異常な気温の変化に翻弄され、気温の変化にうまく対応できなかったのではないか。ただし、樹木が気温を感知し伝達する方法については、いまだ解明されていないようである。B花芽の無い、あるいは少ないソメイヨシノは、全体的に樹木に勢い(樹勢)が無く、花芽を十分発育させることができなかったのではないか。これについては、発根状況、病気の有無などを調査する必要がある。」のようなことになるのではないでしょうか(『うつくしいやまがた/第776号』(NPO法人「美しい山形森林活動支援センター」)、『日本大百科全書・ウソ』(小学館))。
(注)「越冬芽」は一定期間冬の寒さを感じた後で春の暖かさを感じて開花の準備に入りますが、一定期間冬の寒さは5℃前後といわれています(『さくらの開花予想』(気象庁))。
 ウェザーマップの総括によると、今年は、「@2月中旬の寒さの影響でサクラの花芽の生長はやや遅くなる傾向にあったが、A3月は寒暖を繰り返しながら東北南部を中心に気温が高めの日も多くなった。B3月下旬から気温がやや低めとなったが、4月4日ごろからまた暖かくなった。Cところが4月中旬以降は再び気温が低温で推移したため、北部では遅めの開花となった。」としています(『ウェザーマップさくら開花予想』)。
 春先の気温が不安定でいつもの年とは温度上昇の動きが著しく不規則になっていたことは体感的にも分かりました。
3 桜の花芽はいつつくられる
 サクラ類だけでなくモモ、ナシ、リンゴ、モクレン、コブシなどの春に花咲く樹木は、開花する前年の夏に「ツボミ」をつくります。それ以降は生成されることなく、その後は「休眠」という状態になります。つまり、秋に花を咲かせると、その後の冬の寒さのために種をつくれず、子孫を残せないため、春まで開花させず、秋ごろ固い「越冬芽」をつくり越冬するのです。この「越冬芽」をつくるためには、秋に葉が夜の長さを測り、夜が長くなると、夜の長さに応じて「アブシジン酸」という物質をつくりだして芽に送ります。芽にその量が多くなると「ツボミ」は「越冬芽」になる仕組みです。
   しかし、夏に毛虫の食害をうけたりして葉が無くなると、「アブシジン酸」をつくることができず、つぼみは「越冬芽」をつくることができないため、春と秋の気温が同じであることから秋に開花してしまいます。
 前述の通り「越冬芽」は一定期間冬の寒さを感じた後で暖かさを感じると、冬眠から覚めて開花の準備を始めます。これを「休眠打破」といい、春の気温の上昇とともに「越冬芽」は「花芽」として成長し、成長のピークを迎えると開花します(『クイズ植物入門』(田中 修著、2005年4月20日第1刷発行、株式会社講談社))。
4 気象庁のサクラの開花予想
 気象庁が行っているサクラの開花予想は、日平均気温から以下の式に当てはめて求めたDTS(温度変換日数)を積算開始日から積算し、所定量に最も近い値になった日としています。積算開始日と所定量は地点ごとに異なっており、過去30年間の各地のサクラの開花日と当時の気温を基に統計学的な手法により最適となる量を算出していますが、具体的な説明は省きます。インターネットで気象庁の「桜開花予想方法について」を検索し、末尾の「こちらに(PDF形式:4.2MB)」をクリックすると気象庁解説資料第24号「新しいサクラの開花予想」(平成8年12月気象庁)を閲覧することができます。
▼DTS(日)=exp{9.5×103×(t−288.2)/(t−288.8)}・exp:e(自然対数の底数)のX乗・t:当該日日平均気温の絶対値(K)・DTS(温度変換日数):ある温度における1日分の生長が15℃に換残すると何日分に相当するかを示す量
▼1日の平均温度が5℃の時、DTSは約 0.3日、また、平均温度が15℃以上の場合は、約3.3日となります。つまり、3.3日分生長するということです。
 サクラの開花は、春先の気温が高ければ早まり、気温が低ければ遅くなります。しかし、温暖な地方では、秋から春にかけての気温が高めに経過すると「休眠打破」が十分に行われず、春先の気温が高く経過しても開花がそれほど速くならない性質があります(『このはなさくや図鑑』、『気象庁・さくら開花予想方法』)。
5 サクラ(ソメイヨシノ)は手入れが重要
 「財団法人日本花の会」の和田博幸さんは、ソメイヨシノはサクラ類の中でも最も成長速度の速い一種で、良好な環境下であれば、樹齢50年ぐらいで樹高5メートル、胸高幹周2.5メートル、枝張り20メートルになるといっています。そしてソメイヨシノの生育特性を、「@生育環境が良ければ成長が早く、巨大な樹冠をつくる。A同種で植栽間隔が狭く密植でも、樹齢30年程度は互いに枝を交差させながら、高く広く枝を伸ばす。B同種で密植された場合は、交差した枝が日照不足で枯れ始めると樹勢の衰退が始まる。樹齢30〜40年で樹勢ピークとなり、以後は衰退傾向となる。C材質腐朽病(注1)に侵されやすく、主幹や枝が腐りやすいが、不定根(注2)をこの部分に伸ばして生きながら得ようとする性質が強い。Dサクラ類の中で最もテングス病(注3)に侵されやすく、放置しておくと次々に伝染蔓延し,さらに放置しておくと枯死する。Eソメイヨシノは元々人が接ぎ木をしてつくり出したもので、人手をかけず放置しておくと40年ぐらいで弱り始め、更に放置しておくと60〜70年ほどで寿命が尽きる。」と纏めています。また、東京農業大学地域環境学科の濱野周泰(はまの ちかやす)教授は、ソメイヨシノを長生きさせるコツ」として、「@サクラ、特にソメイヨシノは人と付き合うと長生きする樹であり、見放すとすぐにダメになるので、手入れを十分することが必要である。A樹木は幹を中心に放射状に枝を張るのが基本である。ところがサクラは葉の少ないところや明るいところに向かって右の枝も左に延びていく。その結果、複雑に交差する。この状態を放置しておくと乱れた枝の分岐になってしまい、寿命を短くする。昔は傷口から病気や虫が入るので、「桜切るバカ」、「ウメ切らぬバカ」などといったが、現在では切り口からの病気や虫の侵入を処理出来る薬品もあるので、サクラも剪定を施すようにする。ただし、直径5センチメートルの枝を切ると、サクラはその傷口を新しい枝で覆いきれず、雪が積もつたり、強風でそこから折れる場合があるので、サクラの剪定は枝の直径が3センチメートルくらいまでに行うようにする。こうして、若いうちにしっかりした樹形の基本を造っておけば長生きする。Bもう一つは、サクラ類は通気が良くて、保水性があり、肥沃でやわらかい土壌を要求する贅沢な樹木である。弘前公園ではサクラの特性に応じて剪定、施肥、病虫害防除などの手入れを徹底しているので、樹齢130年といわれるような見事なソメイヨシノが見られるのである。理想的な環境は昔ながらの川の土手で、日照もあり、枝も伸ばしたいだけ伸ばせる。つくづく贅沢な樹木である。」というようなことを述べています(『サクラだより2012』(日比谷花壇)、『AVANTI放送』(2012年3月24日))。
(注1)樹木を構成する細胞を分解し、消費する菌類が枯れ枝や傷口から幹や太枝に侵入し、樹木に腐れを起こす病気のことです。
(注2)茎や葉から生じる根で、主根以外の根のことです。
(注3)天狗巣病菌によって密集した枝の一部がコブ状に膨らんで大きくなり、小枝が箒状に伸びる病気です。枝の選定除去により病菌の蔓延を防ぎます。
 何れにしても春先の陽気な気候のもとでの楽しい「お花見」は来年に期待するしかなかった今年の山形でした。



2013年5月13日