早春のブナ林などで見られる「根開き」という現象

    
64回(昭和32年卒) 渡部  功
 
 早春のブナ林などで見られる「根開き」という現象
 3月下旬、鶴岡に用事があって久しぶりに月山越えをしてきました。標高の高い月山、姥ケ岳、湯殿山などの山々はまだ残雪が山肌にべったりと張り付いて、青空のもと純白に光輝いていましたが、道路面はすっかり雪が消え、ここ山形にも待望の春が訪れた雰囲気でした。
 雪の季節が終わり、日毎に気温が上昇してくると、低標高にあるブナ林等では木立の根元を中心に円状に雪が解けてきますが、道路沿線の景色はまさにこのような状態でした。
 この様な現象は「根開き」あるいは「根明け」、「根周り穴」などと呼ばれ、雪国の森林地帯で見られる春の美しい景色の一つです。徒歩で固雪状態の林内に入って観察すると、不思議なことに木々の根元の斜面側の開きが狭く、反対に根元の斜面下側が大きく開いています。そして、この様な現象は樹木のみならず伐採された木々の切株や登山道の指導柱、案内板の柱等の根元でも同様に見られるのですが、この様な現象はどうして起きるのでしょうか。
 インターネットで検索していたところ「日本植物生理学会」(The Japanese Society of Plant Physiologists all rights reserved=JSPP)のホームページ・「みんなのひろば」に中学生から同様の質問が寄せられており(登録番号1193、2007―02―20)、国際基督教大学名誉教授でJSPPサイエンスアドバイザーの勝見允行(かつみ まさゆき)さんが次のような回答をしていました。概要を纏めてみますと次のようになります。
 「根開き」は春になって暖かな日差しが続くようになると見られる。その仕組みについては残念ながら特別に実験をして調べたという報告はないが、次のように考えられる。
 暖かな陽光が樹木の根元を照らすようになると、幹は直接降り注ぐ太陽熱で暖められるばかりでなく、周囲の白雪で反射される光も受けて暖められると考えられる。また、この時期になると、地下深く張った根から水が吸い上げられ始め、地上部の枝の越冬芽が芽吹き始めるのを助け始める。この水の移動自体が体内温度の上昇に多少は貢献しているのかもしれない。
 いずれにしても樹の幹、特に根元近くは、中はみずみずしくなっているはずで、この事が太陽光の照射による幹内部の温度の上昇を助けているのであろう(2007―02―24)。
 以上のようなコメントですが、「根開き」を助長させていると考えられている太陽光の照射に関しては、「アルベト(Albedo)」という天文用語があることを知りました。
 この「アルベト」というのは、太陽系天体が太陽に照らされるときの表面での入射光と反射光の比のことで、表面物質によってその値が異なるというものです。つまり、地球の場合、ある物体に対して降り注ぎ入射する太陽光エネルギーの内、一部は物体によって吸収され、一部は物体の表面で反射され、そして残りは物体を通過するというものです。そして、入射エネルギー量に対する反射、吸収、通過するエネルギー量の割合のことを、それぞれ「反射率(反射能)」、「吸収率」、「透過率」と呼び、このうち「反射率(反射能)」を気象学で「アルベト」と表現し、その単位は百分率あるいは割合(0〜1)で表されます(下表参照)。
 私たちが、晴れた日に黒系のような色の濃い洋服を着た場合と白系のように色の薄い洋服を着た場合とでは体感温度が著しく異なることを体験的に知っています。黒の学生服や喪服などでは「アルベト」は低く、入射エネルギーの大部分が吸収されて物体の過熱に使用されるために暑くなり、逆に白色の衣装では逆に「アルベト」が高く反射されるエネルギーが多く、物体の過熱に使用されるエネルギーが減少するために温まりにくくなります。
 また、白い紙と黒い紙に同じ条件で日光を当てると、黒っぽい紙の方がより暖かくなるし、ガラスのように光を透過させる物体や、鏡のように光を反射させる物体の表面は、あまりあたたかくならないことでも「アルベト」の概念が理解できます。
 地球の「アルベト」の場合、太陽から地球に入射してきたエネルギーの内、一部は大気中の気体分子や微粒子や雲などによって散乱、反射され、一部は地表面で反射されて宇宙空間に戻っていきます。大気と地表面を一体化して地球を定義した場合、地球で反射された放射量と入射する太陽からの放射量の比が地球の「アルベト」と考えられており、その値は大凡0.3と判明しています。そして、この値が0.3より低(高)ければ、地球の温度は今より高(低)くなると考えられていますので、地球上の雪氷地帯、砂漠地帯、森林地帯の増減は地球の気候システムに大きな影響を与えることを示唆しています。
 日差しの注ぎが日毎に増してくると雪面に比べて幹では太陽エネルギーの吸収が大きく、ために雪面と幹とが接する個所では幹の温度が高くなり、徐々に雪解けが進むということになります。そして「根開き」現象が進行し、幹の根元に黒っぽい地面が一部でも露出するようになると、一気に「根開き」が進行していきますが、これらのことは下表によって理解することが出来ます。
それにしても自然現象の不思議には興味が尽きません。
(表) 地表面における「アルベト」の違い(単位:パーセント)
地球表面の状態 アルベト 地球表面の状態 アルベト
裸地 10〜25 新雪 79〜95
砂、砂漠 25〜40 旧雪 25〜75
草地 15〜25 海面(高度角25度以上) 10以下
森林地 10〜20 海面(高度角25度以下) 10〜70
(『岡山大学教育実践綜合センター紀要、第6巻』(2006)、60ページより)
2014年4月2日