山形県の優れた食文化について

    
64回(昭和32年卒) 渡部  功
 
山形県の優れた食文化について
≪ひっぱりうどん≫
 今年の冬も「ひっぱりうどん」の鍋を家族で何回か囲みました。鍋から立ち上る湯気が食卓に"ホカホカ"した雰囲気を醸し出してくれるのです。身も心も温まります。
 この「ひっぱりうどん」は、平成12年ごろから、山形県の郷土料理の一つとしてテレビ、ラジオ、雑誌などに複数回取り上げられるようになり、今では山形県のホームぺージにも"おらほの自慢 湯気の向こうに笑顔が見える「ひっぱりうどん」として取り上げられていますが、この山形県のホームページでは、その発祥の地について次のように述べています。
 かつての山岳信仰の山、葉山の山麓、村山市戸沢地区では昔炭焼きが盛んで、炭焼き中は火力の調整でゆっくり炊事作業が出来なかったため、手早く炊事の出来るうどんに塩を掛けて食べ始めたのが「ひっぱりうどん」の起源であるとされています。やがてこれが各家庭で行われるようになり、経済成長に合わせるように納豆、卵、鯖水煮缶と具材も増え、次第に地域以外にも広がっていきました。
 ですから、戸沢地域では「ひっぱりうどん」ですが、村山市の他地域や他市町村では「ひきあげうどん」、「ひきずりうどん」、「づりあげうどん」などと呼ばれ、それぞれの地域に根付いて入るようです。このような歴史を持った地域の食文化を更に多くの人々に伝えたいと、平成22年2月12日に村山市に「ひっぱりうどん研究所」(佐藤政史所長)が設立され、次のようなユニークな宣言をしています(山形県ホームページ)。
 この地方での1年で最も寒い時期である1月下旬から2月下旬には、旧暦の大晦日が訪れる。この日を、家庭で鍋を囲んで"ひっぱり"合い、和やかに過ごすことは、なんと素晴らしくはなかろうか、「ひっぱり」合ってココロと体を温めれば、次第に部屋も温まり、室温を下げれば環境にも優しくできる。一家の温かな団らんと明るい地域の未来を願い、ここに旧暦大晦日を『年越しひっぱりうどん』の日とすることを宣言する
 ひっぱりうどん研究所には市内の小学校や各種施設からの講演・実演依頼があるそうですが、更に研究所では、各種イベントに出店したりして、地域の食文化の一層の普及宣伝に尽力しているそうです。
  ≪ひっぱりうどんの材料≫
 ところで、ひっぱりうどんの材料などについては、それぞれオリジナルなものがあるのですが、山形市の「食生活改善推進協議会」が設立30周年記念に発行した『次世代に伝えようやまがたの味 山形の郷土料理』(平成21年5月1日発行)では、次のように一般的と思われるレシピを紹介しています。
◆いわれ:大鍋で茹でたうどんを直接ひっぱりあげ、好みの薬味と一緒にすすりながら食べる。寒い冬にはもってこいのあたたまる簡単料理。
◆アドバイス:お湯に干しうどんを入れてから噴きあがってくるたびに、差し水をするとよい。うどんをすくうための専用の竹製道具もある。
◆1人分の栄養価:エネルギー419カロリー・たんぱく質17.2グラム・脂肪6.9グラム・塩分2.6グラム
◆材料(4人分):干しうどん・・・320グラム、納豆・・・120グラム、ねぎ・・・50グラム、卵・・・2個、大根・・・100グラム、かつお節・・・適量、きざみのり・・・適量、七味唐辛子・・・適量、醤油・・・大匙2、だし汁・・・大匙2
◆作り方:@たっぷりのお湯を沸かし、うどんを茹でる。?ねぎはみじん切りにし、大根はすりおろす。B器に納豆、卵、ねぎ、大根、かつお節、きざみのり、醤油、だし汁、好みで七味唐辛を入れてつけだれを作る。C茹で上がったうどんを掬いながらBに付けて食べる、
 以上ですが、我が家ではこれに鯖水煮缶(180グラム)2個程度を加えることにしています。これにより滋養の追加とより一層の味わい深さが増すのではないかと思っていますが、更に、薬味として「ワサビ」を用いると、鯖水煮缶の独特の臭みが薄らぎます。
≪鯖水煮缶≫
 水煮缶といえば、「鯖缶」、「鮭缶」、「トマト缶」、「大豆缶」などがあり、非常食のイメージですが、昨今、健康食品としての注目度が高くなってきています。これらの中で「鯖水煮缶」は、水揚げ後にすぐ加工されるものですが、鯖は青魚の王様と呼ばれ、人間が健康を維持するために不可欠な良質のタンパク質に恵まれ、また脂にエイコサペンタエン酸(EPA )とドサヘキサエン酸(DHA)を多く含んでおり、これらは血液・血管の健康維持、神経の発達に必要な成分とされています。また、血中コレステロールや中性脂肪、悪玉コレステロール対策にも期待を持たれているすぐれものです。そのうえ鯖水煮缶はそのまま醤油をかけるだけでも食べられますし、比較的値段も安価なので一石二鳥にも三鳥にもなる食材と言えましょう。玉ねぎのスライスとの合わせは食感もよく、夏の食欲不振時とか緊急の酒のつまみなどにはもってこいの食材であると思っています。
≪鯖水煮缶を用いたサラダ冷や麦≫
 厳冬期の食べ物が「ひっぱりうどん」だとすれば、猛暑期には鯖水煮缶を用いた「サラダ冷や麦」が絶好の一品だと思います。トマトや大葉やレタスなどの夏野菜を用いてほんのり酸味を利かせた冷や麦は、冷たい汁に鯖水煮缶ということでカルチャーショックを起こした友人もいましたが、夏の盛りには欠かせない料理の一つだと思っています。私はありあわせの材料で調理をしていますが、「楽天レシピ」というブログに 鯖水煮缶を用いた「サラダ冷や麦」の調理例が次のように掲載されていました。
◆材料(2人分):冷や麦・・・2人前、鯖水煮缶・・・1缶、レタス・・・2枚、ミニトマト・・・10個、大葉…4枚、生姜・・・一かけら、麺つゆ2倍・・・大匙7、冷水・・・大匙5、炒り胡麻・・・適量
◆作り方:@ミニトマトは半分に切る。レタスは食べやすくちぎる。生姜はすりおろす(大匙1強)、大葉は千切り、A鯖水煮缶の汁・麺つゆ・冷水を混ぜる(味を見て濃度を調節する。)、B冷や麦を茹で、茹であがったら冷水でぬめりを取る、C大皿に麺を盛りつけ、@の材料と鯖水煮缶の鯖を砕いて載せる、DAの汁をかける。(注)筆者としては、生姜の代わりに「ワサビ」を用いても良いのではないかと思う。
≪山形の郷土食文化≫
 庄内には、冬の「ドンガラ汁(寒鱈汁)、春の「孟宗汁」、夏の「だだちゃ豆」、秋の「鮭と素麺の餡かけ」など、美味な逸品が数多くありますが、山形県内を眺めてみますと、最上の「水かけまんま」、「馬肉料理」、「もつラーメン」、置賜の「冷汁」、「鯉料理」、「ウコギ飯」、村山の「からかい」、「だし」、「芋煮」など、枚挙に暇がないほど地域ごとに独特の食文化があって、食通ならずとも興味をそそります。そのような中、私が印象に残っているものを例示するとすれば次のようなものがあります。
 一つは、「冷汁」です。これは米沢市の郷土料理でしたが、今では置賜地方一円でお目にかかります。ウコギ、ホウレンソウ、ニンジン、もって菊、ユキナ等の季節の茹で野菜に、貝柱や干しシイタケなどの乾物を戻して煮たものを冷ましてから汁ごと和えた具沢山の「おひたし」ですが、父親が米沢生まれだったので、父が健在のころ正月料理の一つとしてよく食しました。もう一つは、最上の赤倉温泉で食した「水かけまんま」です。これはご飯を水で洗って、粘り気を除去したもので、お茶を掛け、梅干し、漬物、味噌などを添えるものですが、お茶漬けと異なったさわやかな食感がありました。お茶漬けの水バージョンといったところです。
 人を引き付ける武器の一つに「食」があると言いますが、「ひっぱいうどん」といい、「どんがら汁」といい、「冷汁」といい、「水かけまんま」といい、「芋煮」といい、「うこぎめし」といい、山形の各地に残る豊かな郷土食文化は、雄大で四季折々の美しい変化を見せる自然と相まってその威力は観光的に強力なものがあると思います。
2016年2月25日