春を告げる樹木、「コブシ」にかかわる雑話

    
64回(昭和32年卒) 渡部  功
 
春を告げる樹木、「コブシ」にかかわる雑話
 我が家の向こう屋敷の主が去り、程なくして新しい主がやってきましたが、しかし、残念ながら私が開花を毎年楽しみにしていた「コブシ」の樹が屋敷からその姿を消してしまいました。演歌・「北国の春」(作詞:いではく、作曲:遠藤 実)に、「白樺 青空 南風 こぶし咲くあの丘 北国のああ北国の春・・・・・・」とあるように、毎年この樹の開花を見ては、北国山形にもやっと春が戻ってきたなと実感していたのですがまことに残念な思いです。
 「コブシ」は、モクレン科モクレン属の落葉広葉樹で、モクレン、タイサンボク、ホウノキなどは皆仲間です。日本では北海道、本州、九州に分布し、「辛夷(いしん)」という漢字を当てて「コブシ」と読ませますが、一方、この字は「モクレン」を指すのだという人もおり、調べてみるとどうやら中国では「赤紫色の花のモクレン」のことを「辛夷(ピンイン)」と言うようです。「モクレン」は中国原産ですが、「コブシ」は日本に在来のものなのに、なぜ「辛夷」という字を当てたのかは分かりませんが、学名は「Magnolia Kobus」と言って、属名の「Magnolia」はフランスの植物学者ピエール・マグノルに因るのですが、種名の「Kobus」は和名の「コブシ」からきています。なお、「コブシ(拳)」という名の由来は、この果実の形状が「拳」に似ているからとも、花の蕾の形が似ているからとも言います。
 「ソメイヨシノ」と同様、開葉に先立ち白色の大きな花を青空バックに梢一杯に咲かせる姿は、本当に見栄えがいいのです。花弁は6枚で、ガクの下に必ず一枚の葉をつけるのが特徴です。東北地方や日本海側の山には、「コブシ」によく似た「タムシバ(ニオイコブシ)」という、同じ仲間の香のいい花をつける樹がありますが、「コブシ」と違って「ガク」の下に葉が付いていないので、区別が容易につきます。
 「タムシバ」は葉を噛むと甘味と香気があります。そこから「噛む柴」と名付けられ、それがなまって「タムシバ」となったという説が有力のようです。
 ところで、「コブシ」は、その花の開花を目安に農作業が開始されるところから、別名「田打ち桜」、「田植え桜」、「種まき桜」などとも呼ばれています。また、麻の種を蒔くところから「糸桜」と呼ばれ、鹿児島では開花に合わせて「サツマイモ」を植えると言い、栃木県ではこの花の開花を目安に「サトイモ」を植えることから「芋植え花」とも言うそうです。
 「コブシ」は、このように農作業の指標として用いられていますが、建材としては堅牢なため、建築、家具、楽器の材料として用いられ、皮付きの丸太・小丸太は、その雅致を生かして茶室の床柱、軒の垂木としても用いられます。また、木炭も「ホオノキ」のものに似ていて、柔らかく均質なので、漆器・金・銀・銅の研磨用炭(※1)として用いられるほか、花蕾は、生薬名「辛夷(いしん)」として鼻炎、鼻詰まり解消の漢方薬としても用いられるようです。花は香水の原料ともなり、赤い種子のみを集めて焼酎や砂糖漬けにすると風変わりな果実酒を作ることができるそうですから一度試みてみたいものです。
 勿論、公園や学校に、また、街路樹や一般家庭の庭木としても使用されます。白鷹町は「コブシ」を町の花としていますので、町内を走る国道 286号線沿線両側には「コブシ」が植栽されており、花の季節にはドライバーの眼を楽しませてくれます。
 庭木としての「コブシ」は、細根が極めて少なく、しかも切った根からは新しい根を出さないため、移植が困難で、枯れた木の根を見ると、大半は切り口から腐れが入っています。細根が少ないので水が吸えず、やりすぎた水で根腐れを起こすのです。
 一般的に木を植えるときは、植穴いっぱいに水を入れて、土をドロドロにしてから植えるのですが、「コブシ」については、植え穴には水を入れず、土を根の間などに棒などで突きながら植えていきます。そして最後に、上水を若干撒いて終わりにします。
 NHKラジオ深夜便では、1995(平成7)年から番組独自の「誕生日の花と花ことば」を放送していますが、遊佐町出身の歌人でエッセイストの故鳥海昭子さん(1929(昭和4)年〜2005(平成17)は(※2)、同番組で「花と花ことばにちなんだ短歌」を2005(平成17)年4月から担当され、これらの結果を、財団法人NHKサービスセンターでは、平成17年12月に『ラジオ深夜便誕生日の花と短歌365日』として纏めて出版しました。
 この本で「コブシ(モクレン科)」は、3月8日の花として紹介されており、「ふくらめる コブシのつぼみ掌(て)につつむ 春の確かな 鼓動伝わる」と詠み、「今にも開きそうにふくらんだコブシのつぼみは、目の細かいラシャ(毛織物)のようです。逡巡(しゅんじゅん)しながらもそっと手で包むと、春へ向かう息吹を感じました。』との解説を加えて、そして、花言葉として「友情、歓迎」をあげています。現在もラジオ深夜便では、その番組の最後に(その日の朝に)「その日の花」とその花に関する「花言葉」の放送は続けていますが、短歌の披露はなくなりました。
 最後に、「コブシ」は同じ仲間の「ハクモクレン」とよく似ているので、その違いを纏めると次のようになります。
項   目 コ    ブ    シ ハ ク モ ク レ ン
開花時期 ハクモクレンより1週間ほど遅い。 コブシより1週間ほど早い。
花 び ら 6枚、4〜5p、幅が狭く、少し薄い。 6枚+ガク3枚であるが、いずれも同形
同色なので花びらが9枚に見える。
長さは8〜10p、幅広く、厚みがある。
咲 き 方 横、斜めなどいろいろな方向に開いた形。 斜め上〜上向きに閉じた形。
葉 っ ぱ 開花中は葉っぱを花の下に1枚つける。 開花中は葉っぱをつけない。

 ちなみに、『ラジオ深夜便誕生日の花と短歌 365日』で「モクレン」は、4月13日の花として取り上げられており、鳥海さんは次の短歌を詠まれています。
 『お祭りの 当屋の庭の大モクレン 百千万の声上げにけり』(「当屋」とは「頭屋」とも書きますが、祭りや神事をつかさどる家です。その庭にある大きなモクレンの木に咲いた花から祭りに沸く大勢の村人の声が聞こえてくるようです。)
 花言葉は、自然への愛、恩恵となっています。

※1 福井県あおい町のみで製造されており、平成6年6月27日に福井県の文化財としてその製炭技術が指定されている。なお、鍋の焦げ落とし、包丁のさび落とし、金属・ホーローの頑固な汚れ落とし用の「家庭用研磨炭」というものもある。
※2 本名を中込昭子といい、遊佐町上蕨岡の宿坊「山本坊」に生まれ、歌集『花いちもんめ』で現代歌人協会賞を受賞した。口語的な表現と自由旋律で、人間への深い愛情を詩情豊かに詠い注目された。『どっぴん語り』、『逆立舞』などの歌集のほか、『種をにぎる子供たち』、『語り部歌人鳥海昭子のほんのり入院記』などのエッセイ集も多数ある。逝去後の2014(平成26)年5月8日に生家の庭園に「季(とき)外(そ)れて 咲くタンポポの 小ささよ それでいいのよ それでいいのよ」という2月7日の花を詠んだ短歌を刻んだ歌碑が建立された。
2016年4月11日