庄内地方の春の風物詩「孟宗(汁)」雑話

    
64回(昭和32年卒) 渡部  功
 
庄内地方の春の風物詩「孟宗(汁)」雑話
《庄内地方の風物詩・孟宗》
 鹿児島、熊本、静岡、千葉産に続き待望の庄内産"孟宗"が、例年より1週間ほど早めの4月中旬に新聞の青果欄で取り上げられました。今年は雪が少なく、昨年7〜9月に程よい雨量があったた め、例年より生育が早かったと言います。5月に入りましたので、その生産量は日ごとにピークを迎えることでしょう。
 "孟宗"は「モウソウチク」の若芽(筍)のことで、この「モウソウチク」は、アジアの温暖湿潤地域に分布するタケの一種です。江戸時代に中国から琉球を経て薩摩藩に伝わったのが1736(元文元)年、それを江戸の薩摩屋敷に移植したのが1780(安永9)年、この2か所を起点に日本中に伝わったと言う説が有力で、今では北海道の函館でも育っているそうですが、暖地でないと正常の大きさに生育せず、本県が栽培上の北限地とされています。そして、本県における竹林面積の90パーセント以上が庄内地方に分布し、特に、鶴岡市がその大半を占め、早田(わさだ)や金峰山麓の湯田川、田川、谷定、滝沢や羽黒町高寺などが著名な産地となっています。そこで、今回は、この"孟宗"についての雑話です。
《モウソウチクの特徴など》
@植物分類学上イネ科に分類される。したがって、イネ科、マダケ属となり、種が「モウソウチク」となり、日本のタケ類の中で最大のものである。 A木のように太くなることがない代わりに、毎年枝分かれしながら先へ伸びてゆき、年輪代わりに節  数を得ることによって年齢を判定できる。
B50〜100年に1度開花するといわれているが、このことを証明する記録は、今までわずか2回しかない。この際、冷夏や凶作をもたらすとの言い伝えがあるが、これは迷信にすぎない。なお、花が散ると同じ地下茎で繋がっているタケは全て枯れてしまうこともあるという。
C春に黄葉して新しい葉に入れ替わるが、これを「竹の秋」という。
D肥沃な水はけのよい深層土を好み、根は深さ1メートル近くまで伸び、春に地下茎の節についている芽が筍として伸長し食用にされる。
E若芽(筍)から伸長して親竹になるのに要する日数は1〜2か月足らずで、所定の長さに伸びきってしまうと、あとは幾年たっても伸びも太りもしない。
F筍という漢字は「1旬(10日)にして竹になる」という意味を表している。
G成長が早い理由としては、成長に必要な栄養源をすべて母竹から地下茎経由で得ることができること、各節間ごとに成長帯という桿を形成する細胞を作り出すところがあるので、既存の節間がちょうどカメラの蛇腹のように伸びるためである。
H一般的に一番多くタケノコが生じるのは、2,3年目の地下茎で、4年目になるとその発生が減り、5年目になるとほとんどタケノコを作らなくなる。また、地下茎は、移植して10年以上になると成長が悪くなり、従って、老齢の竹林は伐採して、地下茎の手入れを怠らぬことが必要になってくる。
Iタケノコには、豊作(表年)と凶作(裏年)とがあり、概ね隔年に現れる。
J「孟宗」という名前は、中国三国時代の呉の人で、「二十四孝」の一人に数えられる「孟宗」に由来する。母がモウソウタケを好んだため、冬でタケノコが取れない季節であったが、孟宗がタケ林に入って哀願したところ、タケノコが生えてきて、母に食べさせることができたと言うもの。つまり、孝行の徳により寒中に母の求めるタケノコを得て供したというものである。
《モウソウチク林の管理》
 1960(昭和35)年ごろからの燃料革命によってこれまでの雑木林が放置され、一方、1970(昭和45)年ごろからは安価なタケノコの輸入増加によって、国内のタケノコ生産が落ち込んできたため、放置されたモウソウチク林が容易に雑木林や杉などの人工林に侵入してくるようになりました。モウソウチクの拡大していく速度は2〜3メートルといわれており、モウソウチクの下層には、他の植物が生育しないので、雑木林の豊富な植物種、昆虫、動物の棲家が奪われ、里山の生物多様性の面からも問題となりました。
 このような現象は、本県でも同様で、そのためには、タケ林の適切な管理が求められることになるのですが、適正な管理が施されれば、結果として、良いタケノコが生産されることにつながります。 具体的には、まずタケの本数調整が必要で、西日本などのように比較的タケノコ栽培の盛んなところでは、望ましいタケの本数密度が10アール(1000平方メートル)当たり200本とされていますが、これはタケとタケの間を傘さしながら通れるほどの間隔となります。また、庄内地方は、生産地の中でも降雪・積雪があるという特有の栽培環境にあり、さらに風が非常に強いことも特徴です。このような気候条件に対応するためには、「ウラ止め」という作業の実施が必要となります。この作業は、若芽から竹へと成長していく過程において、まだ、先端部の柔らかいうちに(6月頃に)、その先端部をゆすって落とす作業です。庭木の手入れを例にとれば、成長点のある先端部を切り落とす「芯止め」作業に該当します。この作業を実施すことによって、竹の高さを制限し、先端部の曲がりや枝の数を少なくして風とか雪による気象災害を受けにくくするようにします。その結果として、日光が地表まで届きやすくなり、地温が上昇してタケノコの発生時期が早まるとともに「ウラ止め」によってタケが刺激を受け発生個数を増やすといわれています(庄内総合支庁森林整備課資料参照)。
 施肥については、態々施さなくともある程度の収穫があるようですが、施肥することによって発生量が著しく増加するので、一般的にはチッソ、リンサン、カリの三要素のほかにケイ酸を施し、その時期は、筍が出始める前の春先と地下茎の伸長が旺盛な6月、それに秋の3回となります。
《庄内と内陸の孟宗汁の違い》
 庄内地方にも村山地方にもこの孟宗汁があるのですが、その調理方法には大きな相違点があります。その最大のものは「酒粕」を用いるか否かであろうと思いますが、その違いを@『つるおかおうち御膳』(鶴岡市、201年9月30日)とA『次代に伝えよう やまがたの味山形の郷土料理』(山形市食生活改善推進協議会、平成21年5月1日)によって見比べてみると一目瞭然です。
材料(4人分) @ A
孟宗筍 約1.5キログラム(皮付き) 400グラム(皮むき)
油揚げ 1枚(300グラム)  
木綿豆腐   240グラム(1.5丁)
豚バラ肉 『食の都』(※)などでは150グラム 120グラム
酒粕 140グラム  
黒砂糖 小さじ1  
椎茸 6枚  
味噌 150グラム 50グラム
出し汁   800ml
2000CC  
作り方 @堀たての孟宗筍は皮をむき水洗いする。下の堅いところは、1cmの厚さに、柔らかい部分は3〜5cmの乱切りにする。
A油揚げは油抜きし、2cm角の斜め切り、椎茸は適当な大きさに切る。
B酒粕と味噌は少量の水を加えて伸ばしておく。
C孟宗筍はひたひた程度の水に入れ、黒 砂糖を入れておく。
D十分煮立ってから、油揚げ、椎茸を入れて、孟宗筍が柔らかくなるまで煮る。
EBを入れ、弱火で一煮立ちしたら完成
@孟宗筍は食べやすいい大きさに切る。
A豚ばら肉は3〜4cmに切る。
B出し汁に孟宗筍を入れ、沸騰したら火を弱め、豚バラ肉を入れる。
C豆腐を手でくずしながら入れ、ひと煮立ちさせてから最後に味噌を入れる。
料理のポイントなど @堀たての孟宗は皮をむき、水洗いしてそのまま用いるが、時間を経たものはえぐ味が出てくるので、米のとぎ汁や唐辛子、椿の葉などを入れて下茹でするとよい。
A黒砂糖は孟宗筍のえぐ味を取り、隠し味になる。
Bお椀に盛ってから手でたたいた山椒の葉をのせると香が良い。
Cまろやか酒粕と孟宗筍がベストマッチ。
@竹林から掘りたての孟宗筍は、皮を外して米ぬかで茹でるとえぐ味やあくが取れる。水にさらして冷蔵しておけば、いろいろな料理に大活躍。
Aその他、酒粕を加えて調味すると、まろやかさと風味が出て、孟宗筍のシンプルなうま味がさらに引き立つ。
B豚バラ肉と豆腐は煮すぎないように。
 (※) 庄内総合支庁経済部のホームページを参照。
 以上のように両者の大きな違いは、@では当初から酒粕を材料として用いていますが、Aでは「酒粕を加えて調味すると、まろやかさと風味が出て、孟宗筍のシンプルなうま味がさらに引き立つ。」と一応注釈しているものの、最初から材料として掲げてはいません。しかし、@のレシピの場合は、作り方のところで酒粕を掲げ、且つ、料理のポイントなどのところで、「まろやか酒粕と孟宗筍がベストマッチ」と敢えて強調しています。次に油揚げ(厚揚げ)と木綿豆腐の違いがあり、味噌の使用量にも大きな差がります。ただし、エーコープ庄内のレシピでは、味噌60グラムとなっていますので、@の150グラムは、相当塩分濃度が高くなりそうです。また、@で「えぐ味」取りと隠し味のために黒砂糖を用いるのも独特です。更に、@ではうま味成分の抽出のために椎茸を使用していますが、Aでは予め既存の出し汁を使用するようになっています。
   酒粕は、たんぱく質、ビタミンB1・B2・B5・B6、葉酸(ビタミンM・ビタミン9、プテロイルグルタミン酸などとも呼ばれる。)、食物繊維などを含み、現代病といわれる糖尿病予防、がんによる激ヤセの防止、高血圧の抑制、肥満予防、脳梗塞予防、骨粗しょう症予防、アレルギー体質の改善などへの効果が期待されているそうですが、なんといっても味噌との相性の良さが抜群なので、その美味さが一段と際立つのだと思います。
《孟宗の「あく」と「えぐ味」》
 なお、掘ってから時間のたった孟宗には「えぐ味」がありますので、米のとぎ汁か米糠でもって「えぐ味」を感じさせないために、「あく(灰汁)」抜きをするのですが、先日テレビで著名な料理人の方が言うには、大根おろしの汁に皮をむいた筍を縦割りにして適当な大きさにしたものを1時間ほど浸しておくと「えぐ味」が取れると解説していまさいたが、このことは初耳でした。
 ところで、「あく(灰汁)」とか「えぐ味(苦味)」とは何者なのでしょうか。調べてみると「あく」の正体は、「アミノ酸」の一種である「チロシン」が酵素によって「ホモゲンチジン」に変化することによって生じる物質や「シュウ酸」などから構成されるものといい、一方の「えぐ味」とは、「あく」が唾液に反応してピリッとくる感じのことを指すようですから、「あく」が取れていないと「えぐ味」を感じることになります。
 採りたての孟宗は灰汁抜きの必要がないといいますが、採取後時間の経過とともに「あく」が生じるので、したがって、孟宗は、採取後なるべく早く食したほうがいいといわれるのはこのためです。
 あく抜きには、普通、米糠やコメのとぎ汁を用いて筍を茹でますが、これは、米糠などに含まれる「カルシュウム」が「あく」の正体である「ホモゲンチジン」や「シュウ酸」などに作用して「えぐ味」を感じない成分とするところにあり、また、「孟宗」を茹でるときには、皮をつけたままにし、その皮に切れ込みを入れますが、これは「あく」を抜く際に「あく」が皮の外に出しやすくするためであると同時に皮の下にある「亜硫酸塩」 によって筍の繊維を柔らかくし、更に、米糠がコロイド状となって「孟宗」から出る「あく」を吸収するために行うものだそうです。そのほか、こうすることによって、米糠に含まれる脂肪分やアミノ酸の甘味やうま味が「孟宗」に移るそうで、この結果、筍の味が一層増すことにもなります。また、「孟宗」を煮ると白い粉が出てきますが、これが「チロシン」で、人間の脳に必要な「ドーパミン」の原料であることがわかりました。
今まで何気なく食してきましたが、郷土の先人たちは、このようにして調理する知恵を如何にして入手したのでしょうか、本当に不思議に思います。
(参考にした文献など)
シリーズ自然を読む 樹木の個性を知る、生活を知る「ウソウチク」』(生原 喜久雄)、『雪国の植栽樹木図鑑』(財団法人北陸建設弘済会)、『どこかの畑の片すみで』(山形在来食物研究会編)、『庄内総合支庁発里山海『食の都庄内』アラカルト』(庄内総合支庁森林整備課)、平成28年2月19日付け庄内日報記、『食の都・庄内の伝統料理レシピ』(庄内総合支庁経済部のホームページ)、『食の歳時記』(エーコープ庄内)、『山形県アンテナショップ・おいしい山形プラザのホームページ』、『Wikipedia』
2016年5月5日