庭の「トビシマカンゾウ」(飛島萱草)が咲きました
写真の花は「トビシマカンゾウ」です。今から50年ほど前に飛島に行った際にその種子を分けてもらい、地植えして成長したものをプランターに移植し、更に株分けしたもので、毎年6月下旬から7月上旬にかけて茎先に黄橙色の花を数輪咲かせてくれます。ただ、後述の属名の由来の通り開花期間が短いのが残念です。
「トビシマカンゾウ」は、ユリ科ワスレグサ属の多年草で、本県では酒田市飛島、新潟県では佐渡の草原に多く自生している「特産植物」(主に地理的な隔離が原因で、ある特定の地方に限って分布する植物のことです。)ですが、「ゼンテイカ」(禅庭花:一般的にはニッコウキスゲの名前で呼ばれることが多いです。)とよく似ています。ただ、「ゼンテイカ」に比較して草丈が高くて1.5メートルにも及び、花梗(かこう:花の柄になっている部分。花柄ともいいます。)は「ゼンテイカ」より短く花は集まってつきます。なお、並べて植えておくと開花は「ゼンテイカ」より10日以上遅れるといわれています。
属名の「Hemerocallis」はギリシャ語の「hemera」(1日の意)と「kallos 」(美の意)に由来し、花がほぼ1日でしぼむことにちなみますが、一方、和名の「カンゾウ」というのは「忘れ草」(萱草)という意味で、中国ではこの仲間の花を食べすぎると物忘れをするといわれています。しかし、飛島の人々は昔から食用にしてきました。実際に食するのは約10センチメートルに伸びた若芽で、茹でた後冷水でさわし、ひたし、煮物、酢味噌あえなどにします。また、蕾は三杯酢にしたり、蒸してから乾燥貯蔵して煮物として食します。また、葉を草履の材料としても利用してきたといいます。
この草は、アメリカに渡り、スタウト博士により1934(昭和9)年学名が 付けられたのですが、和名の「トビシマカンゾウ」は、鶴岡市下山添出身で、山形大学農学部や茨城大学文理学部で教授を勤められた植物学者の佐藤正巳理学博士の命名と聞いております。
ところで、燃料革命以来飛島でも柴木を燃料とせず、また草を肥料に用いなくなって久しいため、樹高の高い柴木やイタドリや葦などにより「トビシマカンゾウ」の生育が妨げられており,ボランティア活動によってこれらの除去作業が行われているようですが、なかなか実行が上がっていないようです。山形県でも平成15年度の『山形県レッドデータブック初版(植物篇)』においては「準絶滅危惧種」としていたものが、平成25年度版では「絶滅危惧種」に位置付けており、県でもその生育環境が年々悪化していることを認識しているようです。
これと同様の例として蔵王坊平の「レンゲツツジ」が挙げられます。放牧がなされていたころの蔵王坊平は、この木に牛や馬にとって痙攣性の毒があることから牛馬が食せず、ために生育が盛んでしたが、放牧が中止となってからは、高木性の樹木や笹や背丈の高い草本が繁茂してきたために「レンゲツツジ」が圧迫され衰退するという現象が見られました。そのため現在では「レンゲツツジ」の保全上雑木や草丈の高いススキなどの草本類を人為で除去して、その景観を保全しています。阿蘇の草原風景も野焼きと放牧によって成り立っているのですが、放牧が縮小すると草原の風景も徐々に消滅してゆくだろうといわれています。
このように時代と共に人類の生活様式が変化するに従い植物の生育環境にも大きな変化が及びます。「トビシマカンゾウ」も現在はそのような状況下にあって、昔日の人為とはまた別の人為を加えないと「特産植物」としての生存が危ぶまれるのです。
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