日本山妙法寺境内の紫薇花(サルスベリの花)

    
64回(昭和32年卒) 渡部  功
 
 8月12日、先祖と伯父と伯母、それに我が家の愛犬達の眠る仙台市青葉区国見の日本山妙法寺に墓参に行ってきました。この日本山妙法寺境内には高さ30.5メートルの白亜の仏舎利塔があり、その周囲には緑豊かな雑木林があります。
 その昔、仙台藩主が狩りの傍ら自領を国見するところであったところからその名が付けられたといいますが、今では木々の樹高が高くなり、ここからの仙台市街地の眺望は殆ど出来なくなっています。また、昭和59年にJR仙山線国見駅が開設されてからは、ナラやマツの樹を主体とする丘陵地帯が雛壇状に開発され、これに伴い小・中学校や大学などの開設も進んで、現在では閑静な住居・文京地域となっています。
 この日、仏舎利塔の側の緑濃い雑木林の中にひときわ目立つ形で紅色のミソハギ科、サルスベリ属のサルスベリの花が咲き誇っているのが目につきました。「サルスベリ」の名は、木肌が美しく、かつ、滑らかなので猿も滑るということからきています。また、この樹木の特徴としては、芽出しが遅く、他の落葉樹の葉が開き終わりきってから出始めます。葉も丸く光沢があり、対生又は互生します。7月から9月にかけて今年伸びた枝の先に桃・紅・赤紫・白などの小花を集めた大型の円錐花序をつけますが、花の咲く期間が長いので漢字で「百日紅(ひゃくじつこう)」とも書きます。日本庭園には昔から好んで植栽されてきた樹木の一つです。原産は中国ですが、中国では「紫薇花(しびか)」と呼ばれていて、漢詩においてはこの名前が一般的に用いられるそうです。当然俳句では夏の季語となっています。
 王安石(※1)が「詠柘榴詩」で「万緑叢中紅一点 動人春色不須多(※2)」と同じミソハギ科ザクロ属のザクロの花を詠んだように、サルスベリを詠んだ漢詩はないものかと調べてみたところ、白居易の作品の中に次のような詩があることを見つけました。
紫薇花   白居易
 絲綸閣下文章静  
(絲綸閣の下 文章静かにして)
 鐘鼓樓中刻漏長  
(鐘鼓樓中に刻漏の長し)
 獨坐黄昏誰是伴  
(獨り黄昏に坐するに誰か是れ伴なる)
 紫薇花對紫薇郎  
(紫薇の花の紫薇の郎に對せり)
(注) この詩で用いている言葉の意味は次の通りです。
 「絲綸」(しりん)は皇帝の詔勅をいいます。従って、「絲綸閣」は詔勅の立案・起草を司った役所のことで「中書省」といい、別名を「紫薇省」といいました。「紫薇省」といったのは、紫薇花を愛した玄宗皇帝が中書省の庭にこの花を多く植えたところからそう呼ばれたものです。「鐘鼓」は、時刻を告げる鐘・太鼓のことを、「刻漏」は、水時計のことを、「對」は、対応する、相手になることを、「紫薇郎」は、中書省(紫薇省)の役人である自分のことをいいます。
 また、白居易は、実際に中書舎人(ちゅうしょしゃじん:最高行政機関である中書省で働く役人の階級名)に任ぜられたこともあったそうです。
 この詩は、高校時代に習った七言絶句の漢詩で、起承転結の各句で構成されます。
 起句はある内容を言い起し,承句は起句を承けてその内容を発展させ、起承二句で一つの意味を成します。転句では、起承句の内容を一転させます。そして。結句では起承転句を受けて一貫した意味で結ぶことになりますが、この詩の構成は、作者が役所での仕事を終えて一人寂しくとサルスベリを眺める夕刻の光景を詠ったもので、詩の大意は次のようになろうかと思います。
 中書省には皇帝の意思を伝える詔勅の文書が積まれ、辺りは静まり返っていて、鐘鼓楼では時を告げる水時計の音が長い時間聞こえてくる。私が中書省に一人座っているときに誰が私の相手をしてくれるのであろうか。紫薇花だけが(中書省(紫薇省)の役人である)私を相手にしてくれるのだ。寂しさが身にしみるなあ。
 日本漢詩連盟評議員で東京女子大学非常勤講師の後藤淳一氏によると、白居易はことのほか紫薇花を愛していたそうで、紫薇花を詠んだ詩は他に「見紫薇花、憶薇之」詩、「紫薇花」詩があるとのことです。
(※1) 王安石の作ではないという説もありますが、真偽のほどは不明です。
(※2) 読み下しは「万緑叢中(ばんりょくそうちゅう)紅一点 人を動かす春色(しゅんしょく)多きを須(もち)いず」となり、その意味は『見渡す限りの多くの緑の中に、只一輪紅色の花があでやかに咲いている。人の心を動かす艶めかしさや姿には多くを必要としない。」とするものと「多くの緑の葉の中にただ一つ紅い花が咲いている。人の心を動かす春の景色は多くのものを必要としない。』とするものの二通りがあるようです。
 「万緑叢中紅一点」については、現在では意味を転じて、男性ばかりの中に女性が一人だけ混ざっていることやひときわ目立つ存在のことをいいます。また、「紅一点」の赤い花については、この詩の題が「柘榴を詠ずる詩」であり、初夏に鮮紅色の花をつける柘榴(ザクロ)を指しています。
2018年08月30日