大山の上池・下池がラムサール条約による登録湿地に

64回(昭和32年卒) 渡部  功
 
●大山の上池・下池がラムサール条約による登録湿地に
 すでに新聞やテレビの報道でご承知のことと思いますが、大山の上池・下池が、去る10月30日、韓国の昌原(チャンウオン)市で開催された条約国会議で、宮城県の「化女沼(けじょぬま)」、新潟県の「瓢湖(ひょうこ)」、沖縄県の「久米島の渓流・湿地」と共にラムサール条約に基づく湿地として登録されました。本県では初めての登録湿地で、その対象面積は上池、下池合せて 39.7ヘクタールです。日本での登録湿地第1号は、1980(昭和55)年登録の「釧路湿原」ですが、これまでに日本では、1900年代に10箇所、2000年代に入って27箇所が登録され、本年10月現在の登録湿地数は、37箇所、合計面積13万1千27ヘクタールとなっています。東北では1985(昭和60)年登録の宮城県の「伊豆沼・内沼」が最初で、次いで、青森県の「仏沼」、宮城県の「蕪栗沼・周辺水田」、福島、群馬、新潟の各県に跨る「尾瀬沼」が2005年の登録になっています。
 ラムサール条約は、正式名称を「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」といいます。この条約が保全の対象としている湿地の範囲は広く、湿原、湿地林、マングローブ林、干潟、河川、湖沼、ダム湖、水田など、水に関する環境のほとんどを含んでいます。こうした湿地は、水鳥にとって重要な生息地であるばかりでなく、多様な生物相を有しており、人々に豊かな生物資源を供給し、水源地、水路、灌漑用水池などとしても活用されてきたところでもあります。さらに湿地が洪水・微気候調節、水や大気の浄化作用など重要な役割を果たしていることも認識されています。このようなことから、近年の各種開発などに伴う湿地の減少や劣化を防ぐことを目的として、国際水禽調査局(後に国際水禽・湿原調査局と改称し、更に現在は国際湿地連合と称しています。)が中心となって策定した条約案が、1971(昭和46)年、イランのラムサールで開催された「湿地及び水鳥の保全のための国際会議」において採択され、1975(昭和50)年に条約として発効したものです。会議の開催地名にちなみ、通称「ラムサール条約」と呼ばれます。
 この条約の主な内容の一つは、条約の加盟国(締約国)は、その国にある湿地のうち、生態学上、植物学上、動物学上、湖沼学上、または、水文学上国際的に重要な湿地を少なくとも1箇所以上指定し、条約事務局に登録することが義務づけられていることです。二つは、締約国は、その国の制度によって、登録湿地の保全及び利用のための措置をとることが義務付けられており、また、当該湿地の生態学上の特徴が変化し、またはその恐れのある場合は、事務局に報告することが義務付けられていることです。すなわち、この条約は、「保全」と「利用」という、二律背反する面を両立させる仕組みになっていまです。そして、1999(平成11)年5月に開催されたラムサール締約国会議において登録湿地の倍増を目指す決議がなされて、湿地保全の世界的気運がより高まりました。環境省ではこれを受けて、わが国の湿地保全施策の基礎資料を得るため、全国の重要な湿地 500箇所を選定しました。山形県での選定地は、大山上池・下池、飛島周辺沿岸、最上川及び赤川水系のウケクチウグイ生息地、河島山麓堤群、乱川扇状地湧水地、月山・湯殿山湿原群、朝日連峰湿原群、飯豊連峰湿原群、吾妻山周辺湿原群です。
 戦国時代の武将、武藤氏の居城があった尾浦城址を1933(昭和8)年から1940(昭和15)年にかけ地元の酒造家、加藤嘉八郎氏が莫大な私財を投じて整備したところが大山公園ですが、この公園のある丘陵の尾根を挟んで南に上池(八森池)、北に下池(尾浦池)があります。両池とも人工の潅漑用貯水池で、1669(寛文9)年の古地図に記載されていたそうですから、今から340年ほど前に整備されたことになります。上池は周囲2.3キロ、面積14.9ヘクタールで、夏場にハスが咲き誇る景観が美しく、有効貯水量30万トンの池です。下池は周囲 3.5キロ、面積24.8ヘクタール、冬場多数の水鳥が越冬する有効貯水量75万トンの池です。山形県立庄内海浜自然公園の区域にもなっています。
 上池、下池の両池は湧水と背後の八森山と高館山の豊かな森から水が流れ込みます。地区の人々は、つい近年まで池と背後の森から大いなる経済的恵みを受けてきました。森からは用材や薪、茸、薬草、それに山菜や木の実の供給を受け、池からは灌漑用水の供給のほか、コイ、フナなどの魚、ジュンサイ、レンコン、菱の実などを授かってきました。また、池は鴨の狩猟場でもあったそうです。しかし、その後の社会、経済的環境の変化に伴い、人々が森や池に依存する度合いは相対的に低くなる一方、池やその周辺の取り扱いは保全の方向へと動きだしました。森や水辺の優れた自然環境は、人々の身心を癒すなど、金や物に換えることの出来ない恵みを提供することになります。また、このような自然環境は、鳥類にとっても安住の地となることはいうまでもありません。
 1989(平成元)年秋、突然、上池と下池に約 400羽のコハクチョウが飛来して、地元の人々を驚かせたそうです。これを契機に従来見られなかったカワウ、オシドリ、ツクシガモ、ヨシガモ、オナガガモ、環境省のレッドリスト絶滅危惧種で天然記念物のヒシクイ、同じく天然記念物で準絶滅危惧種のマガンなどのガン、カモ類をはじめ多くの水鳥の生息が確認されるようになり、現在では、毎年、マガモ2万〜3万羽、コハクチョウ1千〜3千羽が越冬のため飛来するほか、絶滅危惧種であるオジロワシ、オオワシなどの猛禽類の生息も確認されているそうです。調査結果によると、確認された鳥類は、全部で 177種ほどになります。
 このようなことで、地元では以前にも、「水鳥の楽園」としての登録運動がなされた経緯があったようですが、ようやく本年10月21日、環境省告示によって「国指定大山上池・下池鳥獣保護区特別保護区」が指定され、この結果を踏まえてラムサール条約に基づく湿地登録がなされたのです。尾浦の自然を守る会を中心とするこれまでの各種調査や保全活動の積み重ね、環境省をはじめとする関係行政機関の努力、それに池の水利権者や利害関係人の理解があったればこそ登録にまで漕ぎつくことが出来たのです。
 池は人の手によって造られ、維持管理されてきたものであり、原生的な自然環境ではありませんが、ブナを含む周囲の森と一体となって良好な自然環境を呈しています。また、この地区は市街地に近接しており、自然と人間とが共生出来得る象徴的な地域でもあります。森林都市を目指す鶴岡市では、湿原の登録を機会に、上池・下池を含む周辺一帯の優れた自然環境を極力現状維持しながら、その活用を図るため、かねてからの「自然博物園(仮称)」構想を具現化すると聞いています。条約の趣旨に基づいた自然と人間との共生を目指したモデル的な計画を是非実現してもらいたいものだと思います。
  
2008年11月09日