教科書にも不適切な記述がある

64回(昭和32年卒) 渡部  功
 
●教科書にも不適切な記述がある
 1月6日付け山形新聞は、鶴岡市の鶴岡工業高等専門学校物質工学科の学生、高橋研一さんが「教科書の間違いを証明した」と報じていました。この記事の内容を要約すると、「従来の高等学校化学の教科書では、硫黄に熱を加えると、原子が鎖状に並び、粘性を持つ。さらに水で急冷すると、弾力性のあるゴム状硫黄ができる。ゴム状硫黄は、褐色(黒褐色、濃褐色)である。また、大学の入学試験でも「褐色」が正解になっている。」というものでした。
 化学部に属する高橋さんは、顧問である同高専総合科学科の金鋼秀典教授(化学担当)からアドバイスを受け、市販の硫黄の粉末や結晶五種類を用いて、それぞれ試験管で熱して冷やし、ゴム状硫黄を作る実験を繰り返した結果、硫黄の純度によって色が違うことを突き止めたのです。すなわち、硫黄の純度が98,99パーセントの粉末では、教科書の従来の記載のとおり「褐色」を示しましたが、99.5パーセント以上の結晶を用いると「黄色」のゴム状硫黄が生まれたのです。さらに、限りなく純度が高い硫黄を使用すると、ゴム状硫黄は「黄色」になることを明らかにしました。教科書会社でもこの事実を放って置くわけにも行かず文部科学省と相談した結果、翌2009年度版の教科書から「ゴム状硫黄は純度が高いと黄色になる。」旨注釈を加えることにしたそうです。
 高橋さんは、これにより自然科学分野における実験の重要性を証明したものであり、その努力は賞賛に値する出来事だと思います。
 これと似たような話は生物の場合にもあります。甲南大学理工学部の田中修教授は「クイズ植物入門」という本の中で、『「タンポポの花は、明るくなると開き、暗くなると閉じる。」という記述は、高等学校の生物の教科書の間違った記述が一人歩きした結果である。実験をして調べるとこのことが良くわかる。』と述べています。
 タンポポは、朝、気温が高くなると開花する日もあるし、気温が上昇しなくとも、光が当たるだけで開花する日もあります。要するに、タンポポが開花する条件は、夜間の気温で決まるのです。すなわち、夜の気温条件が当てはまると、翌朝は明るくなると開花します。夜の気温条件が当てはまらない場合には、翌朝の気温が上がらないと開花しないのです。その気温条件となる境界の夜の気温は,タンポポの種類によって異なりますが、セイヨウタンポポで13度、シロバナタンポポ、カンサイタンポポで18度です。
 一方、夕方に、タンポポの花が閉じるのは暗くなるからではありません。タンポポは、開花後、明るい部屋に置きっぱなしにしても、約10時間すれば花は閉じます。温度が変化しなくても、約10時間すれば花は閉じるのです。ですから、明るさや温度と関係なく「開花して約10時間が経過すれば閉じる」と決まっているのです。開花後約10時間目がたまたま夕方であれば、自然の中では夕方に花は閉じるのです。夕方というのは、「日の入り前後」というのが一般的な概念ですが、その時刻は、季節によって変わってきます。気象庁では、予報用語としては、15時頃から18時頃までを「夕方」と呼んでいます。
 次に、教科書の不適切記述に関するものではありませんが、アサガオの開花にも時間が関係しているという話があるので紹介してみたいと思います。
 アサガオ(朝顔)は、英名でもmorning glory(朝の誉、朝の輝き)と呼ばれているように朝に開花するものだという印象の強い植物です。実際に、アサガオの蕾は、夏の朝、規則正しく、すがすがしい花を咲かせます。夏の風物詩です。しかし、朝の明るさやタンポポの開花のように夜の気温条件に反応して開花するのではありません。その証拠に、アサガオは、夏季では、朝、明るくなる頃に咲きますが、秋には、朝方でもまだ暗い中で開花するのです。
 実は、アサガオの蕾は「夕方暗くなると刺激を感じて、約10時間後に開く」と決まっているのです。ですから、自然条件下では、夕方暗くなるとアサガオは時を刻み始め、約10時間後に開花するのです。真夏では、暗くなり始めて約10時間後が、ちょうど明るくなる時刻と一致するのでが、秋は夕暮れが早く、ここから約10時間後というと、まだ朝方は暗いのです。アサガオが暗くなってから10時間後を知る詳しい機構については、私にはよくわかりませんが、とにかく、アサガオは、時を刻む「生物時計(体内時計)」と呼ばれる不思議な仕組みを有するのだそうです。植物はエネルギーを光合成によって確保しています。ですから、アサガオは、太陽のリズムに合わせて生きていくためのシステムをはるか昔からその体内に構築していたのでしょう。因みに、アサガオの蕾は、つるが左巻きに螺旋を描くのに対して、反対巻きの右巻きにねじれており、これが解けるようにして開花します。これなども、何か仕掛けがあるのかもしれません。なんとも不思議な話です。
  
2009年1月9日