●「庄内会について」
庄内会の総会・懇親会が例年7月に山形グランドホテルで開催されます。会員のとりまとめは職場・同窓会・一般となっています。山形鶴翔同窓会は加賀山隆士さんが窓口になって受け付けています。みなさんの参加をお勧めします。
次に「庄内会」の起源について記します。
「庄内会」は庄内出身者の親睦を深め、庄内から山形師範学校に学ぶ学生に奨学資金を援助しようとの目的で発足しました。
戦前は内陸と庄内を結ぶ交通事情は良くなく、庄内出身者も少なかったようですが、戦後の混乱もやや落ち着いてきて新学制が実施された昭和22年、新しい庄内の姿を意識して、阿部一郎さん(旧松山町・山形糧穀加工会長・「三太郎の日記」の著者で文学者・哲学者阿部次郎の実兄)、山木武夫さん(酒田市・県信連会長)、佐藤亮さん(鶴岡市・県信連参事)、大平驩さん(酒田市・山形新聞専務)らが話し合って「庄内会」を立ち上げました。また、同年庄内出身の斎藤岩蔵さん(旧八幡町)が初代の県出納長になり、県議会においても三井泉太郎さん(鶴岡市)が県議会副議長となるなどして、広く県議会議員や県職員、銀行などの金融機関の方々にも呼びかけ、同郷ということで時々集まっては懇親を深めていました。
料亭「四山楼」で当時働いていた佐藤富恵さん(旧平田町・釜飯「登美榮・現在は「山形の味」、山形に来たばかりの川島節子さん(酒田市・小蝶)、五十嵐菊子さん(旧松山町・小菊)がこの席に良く呼ばれたとのことです。
新しい形でまとまった「庄内会」は庄内出身者と庄内に縁故のある人を会員として、相互の親睦を図り、庄内出身者学徒の育英事業の援助を目的として、世話役は大平驩さんと斎藤文一さん(酒田市・山形東高教諭)があたりました。恒例になっていた大平さんの開会のあいさつは、庄内弁の名残りのある独特のリズムのしゃべりでユーモアにあふれ会場の雰囲気を和やかにするものでした。事務局は佐藤長治郎さん(旧藤島町・荘内屋時計店主)が長年にわたり担当しました。
広く一般の人々にも多くの参加を得たいということで、会場や会費は出来るだけ低廉にというのが会のモットーのようになって、会場は当初県護国神社社務所、県宿泊施設「あこや荘」、県農業会館などを転々としていましたが、時に四山楼などを利用することもありました。参加する会員が年とともに増加し、これまでの会場では困難になってきた関係もあって、昭和46年に山形グランドホテルがオープンしてからはここを定例会場に開かれ現在に至っています。
総会・懇親会に庄内選出の県議会議員も出席して会員と交流を深め、郷土の発展を願いながら和やかに懇談する気風は「庄内会」発足当初から現在まで受け継がれています。
「庄内会」はこうした先輩の想いを継承し、時代の変遷の中で回を重ね、還暦の60年(平成19年)を経てなお、ますますの発展が期待されています。
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