●KAGA3さんのひとりごと
◆風の果て
庄内藩の藩財政と切っても切れない事業に新田開発があり、それが藩財政の問題点を左右しておりました。そのことを藤沢 周平さんは小説[風の果て]に書いております。
鶴岡城下より東方に女性が髪に飾ったり、髪を梳いたりする半月型の木櫛に似た大櫛山(月山)がそびえており、その裾野に広がる台地が[太蔵が原]で開墾に先人の血と汗と涙の物語があったのです。
天保3年(1832年)月山山麓の黒川地区の新田開発の為、田沢川から水を引く開削工事が行わました。高い山から取水して、山々の沢水を集めながら増水させて難工事の末、天保9年(1838年)6年の歳月を経て28キロに及ぶ堰が完成しました。
この天保堰は戦後も山形県の主要な農業土木事業として、今日の庄内の農業の基礎として成果を得ております。すなわち農作物の味覚と安心にこの堰の水が生かされているからです。
その他、[因幡堰][越中堰][白井新田][猪俣新田]など、田、畑で農産物を耕作、維持して行く上でも今日十二分庄内の人々の生活に役立っていることは先人の苦労に感謝しなければと思います。
農業と工業のコラボレーションで庄内の人々はこれからの21世紀を世界に向かって雄飛を遂げて貰いたいと思います。
致道館の教育理念を心に秘めて、発明、発見に日夜努力して庄内を世界に発信して欲しいと思います。
農産物の分野でも良質の米、果物、山菜、きのこ類など競争力では決してひけを取りません。負けない農業、自信を持って農業を拡大発展して欲しいものです。
幸い、鶴岡には山形大学農学部があり、慶応大学先端技術研究所があります。どんな発明、発見があるか楽しみです。
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