●大山駿次さんのカタクリの花の観察記録
本山形鶴翔同窓会幹事でホームページの管理を引き受けてもらっている大山駿次さん(66回、昭和34年卒)が「山形県立自然博物園」のインタープリター活動において素晴らしい成果を残していることを皆さんに是非お伝えしたいと思います。
大山さんの野外活動拠点である「山形県立自然博物園」は、自然と触れ合いながら「自然の仕組み」や「自然と人間とのかかわり合い」などを学ぶために1991(平成3)年6月、西川町志津に開園した山形県みどり自然課所管の野外教育施設で、今年で開園満20周年を迎えます。各種展示施設を備えた、スタッフ常駐の「ネイチャーセンター」、野外観察のための観察路(ネイチャートレイル)とこれに付帯した広場、観察小屋、展望台等の施設が整備されています。月曜日を除く毎日2回インタープリターが無料で地域の自然や歴史に関しての解説をしてくれますが、残念ながら豪雪地帯であるため、冬期間は閉館します。ブナの原生林を中心に野生動植物が豊で、日ごろ触れることのできない貴重な体験をすることが出来ます。
このフィールドで活動する「インタープリター」というのは、英語で解釈者、解説者あるいは通訳者を意味しますが、「山形県立自然博物園」や同じく私が野外活動をしている山形県森林課所管の施設で、1997平成9)年にオープンした飯豊町中津川にある「山形県源流の森」では、「地域の自然・文化・歴史(遺産)が発するメッセージを分かりやすく人々に伝え、特に、これらとの触れ合いを通じて、いままで得たことのない喜びや感動を体験できる解説をすること、或いはその技術のこと」を「インタープリテーション」といい、このインタープリテーションを実施する人々のことを「インタープリター」と呼んでいます。
なお、森林課所管の同様の施設としては、「県民の森」(山形市・上山市・南陽市・山辺町・白鷹町)、「眺海の森」(酒田市)、「遊学の森」(金山町)、があります。 大山さんは、この「山形県立自然博物園」に体験学習にやって来る子供達への一助として、数年前から周囲の自然の変化や動植物の生態の動画を撮影しているのですが、ただ撮影しているだけではもったいないということで、 「YouTube」に「県立自然博物園・森の不思議シリーズ」として数多くの動画映像を公開しています。動画は静止画像に比べて自然現象の変化の過程がよくわかり、偶々訪れた時期に観察できなかった事項についての状況も把握できますので教材として最も優れたものだと思います。 「YouTube」については、先般の尖閣諸島事件など世間を騒がせるものもあって、その功罪は色々言われていますが、情報伝達の手段として、正しく選択して活用すれば有効なものと私は思います。
私は去る2009(平成21)年5月1日に"スプリング・エフェメラル"と題して春の妖精・カタクリについて投稿しましたが、大山さんが上記 「YouTube」に「雪の消えた林床にカタクリを愛でる 山形県西川町」と題する二昼夜にわたる動画を公開していますので、これから判明したことを以下の通り紹介させてもらいます。なお、撮影は30分ごとのインタバル撮影で、記録された印字から撮影日時が読み取れるようになっています。また、カタクリは、ユリ科カタクリ属に属する多年草で、ユリの花と同じように「花弁(花びら)」と花弁の外側の部分である「萼片(がくへん)」が同じように見えて区別が付きにくいため、ひとまとめにして「花被片(かひへん)」と言うことが多く、外側には萼片に相当する3枚の「外花被片」、内側には花弁に相当する3枚の「内花被片」の6枚の花被片からなります。さらに柱頭が3つにわかれたメシベと、それを取り囲む6本のオシベからなっています。
【大山さんの観察結果】
1 カタクリは気温が上がると開花し始め、夜には閉花する。
2 早いもので午前7時に開花し始める。
3 右側の花の蕾が午前10時に開花した(2010年5月17日)。
4 左側の花が午後2時30分に開花した(2010年5月17日)。
5 午後6時30分、日没とともに花被片が閉じた(2010年5月17日)。
6 二日目は午前6時30分にほぼ同時に開花した。
7 二日目の日没に、ほぼ同時刻に一斉に閉花した。
8 三日目の朝も同様に午前6時30分にほぼ同時に開花した。
9 カタクリは日の出とともに開花するといわれるが、それは、再開花のことで、日の出後はほぼ同時刻に比較的低温でも開花するようである。ただし、最初の開花は日の出とは無関係で気温が大きく影響しているようだ。
10 狭い蕾に閉じ込められていたオシベとメシベが開花に伴い、のびのびと展開し、最終的には、メシベはオシベよりも伸びて飛び出す(注)。
11 蕾の中には気温の上昇を敏感に感じ取り40分ほどで開花する様子が撮影されている。
12 周囲の落葉樹が葉を茂らす頃には、地上から完全に姿を消す。
(注)花被片が開きかけのとき、メシベはオシベに囲まれていて外から見えませんが、最後にメシベがオシベより飛び出すのは、自分の花粉が柱頭に付かないようにし、オシベも3本ずつの2段構えになって、広い範囲で昆虫に花粉を付けさせようとするからです。 |
以上ですが、「フィールドウオッチング」(河野昭一・田中 肇編、1991年、北隆館)によれば、『カタクリの花は、周囲の気温が10度を超える頃から花被が開き始め、気温が上昇し、17度から20度を過ぎる頃、花被が反り返り、かがり火のような美しい満開時の姿となる。』とあり、大山さん撮影の動画からもカタクリの花の開閉と気温は相関関係にあることは明白です。この点については、大山さんも当然気が付いておられ、次回の撮影には温度計を一緒に撮影し、カタクリの開花と温度との関係を解明してみるとのことです。
もうひとつ興味ある映像に「オトシブミの揺籃」があります。この作品は、ナミオトシブミと思われるオトシブミがサワグルミの葉で「揺籃」(乳児・幼児を納めてあやす「ゆりかご」のことです。)を作る過程を記録したものです。
「オトシブミ」というのは、ヒゲナガオトシブミ、ナミオトシブミ、ヒメクロオトシブミ、セアカオトシブミなど、オトシブミ科の昆虫の総称をいうのですが、「オトシブミ(落とし文)」という名前は、江戸時代、他人に知られぬように手紙を道端に落として、相手側に渡すことを「落とし文」と言ったことに由来するそうです。オトシブミのメスは初夏の頃、コブシ、イタドリ、クロモジ、ハンノキ、サワグルミなど特定の若葉を食いちぎりながら丸めて「揺籃」を作りますが、一部の種はこの揺籃を「落とし文」にします。この葉を広げてみると最も内側に卵が1個だけ産みつけられていて、卵がかえると幼虫は揺籃の葉を食べて育つといいます。非常に無駄のない面白い仕組みです。なお、蛇足ですが、丁度この頃ホトトギスがやってくる時季と重なることから「オトシブミ」には「ホトトギスのオトシブミ」と言う別名があること、同様に揺籃の形のように作られた茶席用の菓子に「落とし文」と言う和菓子があることも今回この動画に関連していろいろ調べている過程で知りました。また、「落とし文」は夏の季語で、「オトシブミ」が風に吹かれて地面を転がる様子を詠んだと思われる高浜虚子の次女の星野立子(ほしの りつこ)の次のような作品を見つけました。
『落し文ありころころと吹かれたる』
そのほか 「YouTube」上に公開されている動画には、「アカショウビンの巣立ち」、「盛夏の森」、「錦秋の自然博物園」など数多くのすぐれた作品があり、季節や動植物の生態の変化の過程が克明に記録されています。
動植物の動画撮影の機会はワンチャンスというものが多く、失敗すれば翌年までその機会を待たねばならぬものもあり、撮影に当たっての苦労は多々あることと思いますが、これからも大山さんのすぐれた映像作成手腕を駆使して動く教材を沢山作成していただきたいと思います。同時に、大山さんの努力を無駄にしないためにもこれらの公開動画映像を皆さんも大いに活用してほしいものだと思います。
|