「麦きり」と「うどん」

64回(昭和32年卒) 渡部  功
 
「麦きり」と「うどん」
◆私はかねがね「麦切り」と「うどん」の違いは何だろう(?)と思い続けてきました。庄内で名物としている「麦切り」について、鶴岡市観光連盟のインターネット上の記事では、『コシのある歯ごたえと素朴な風味が人気の麦きり。麦きりの名は小麦粉をこねてのばし包丁で切るその作り方に由来する。夏だけでなく、1年を通して食べられている。』と述べており、更に続けて「絹入り麦きり」が美味であると同時に健康増進に役立つことを紹介し、最後に『麦きりは、材料が単純なだけに雑味の許されない麺であるが、絹を入れることでコシが生まれ、茹でのびしにくく、口当たりが滑らかになり、麦きりのうまさが更に引き出される。』とあり、麦切りが小麦粉を材料とする麺であることは述べていますが、その作り方や「うどん」や「そうめん」など他の麺とどのように異なるのかなどについての解説はありませんでした。
◆そこで、インターネットで調べていたら麺に関する業者の全国組織、(社)日本麺類業団体連合会/全国麺類生活衛生同業組合連合会の「麺類雑学事典・切り麦と麦きり」という記事に出会いました。この記事では、「切り麦」と言うのは、『扱う店によってやや違うが、おおむね太さによって、ひや麦かうどんということになり、いずれにしても、原料は小麦粉の麺である。』としています。一方「麦切り」というのは、『大麦粉で作る麺である。麺類の歴史から見ても結構古い麺なのだが、意外と知られていない。』とあります。そして寛永20年(1643)年版「料理物語」に掲載の麺の製法のなかで、「切り麦」と「麦切り」についてその違いを紹介していましたので、これを纏めて表にすると次のようになります。
種別
製          法 つ          ゆ
切り麦 原料は小麦粉。塩加減、打ち方共にうどんと同じ。ただし、うどんより細く切る。 うどんと同様に煮抜き(茹できる)、又は垂れ味噌(みそに水を加えて煮詰め、袋でこして滴らせた汁(たれ)で、醤油が普及していなかった頃この汁がつゆとして用いられていた。)で、いずれも味噌味のつゆ。ただし、薬味は,うどんが胡椒と梅干なのに対して、芥子(からし)、たで、柚子(ゆず)としている。
麦切り 原料は大麦粉。打ち方は切り麦と同じだが、短く切る。 蕎麦切りと同じとしているが、蕎麦切りのつゆは、うどんと同じなので、こちらも垂れ味噌のつゆとなる。薬味はうどん・切り麦と異なり、蕎麦切りと同じとあるので、花がつを、大根おろし、あさつきの類に、芥子、ワサビも加えてよしとする。

◆さらにこの記事では、『わが国では、奈良時代から小麦粉の麺があり、室町時代には「そうめん」と「ひやむぎ」の原型が出来上がっていた。うどんよりも細く、小麦粉で作る麺が「切り麦」であり、これが現在の「ひやむぎ」となったと考えられている。麺の歴史上いつの時点から「麦きり」が登場したかは検証する文献が無い。しかし、大麦で麺を作るという発想は突飛なことではない。なぜなら、我が国では古代から一貫して、大麦が麦の代表であったからである。つまり、小麦は硬い外皮を持つが内部は脆いため粒食出来ず、ために粉食として発達した。しかし、大麦は、手間はかかるが麦めしとして粒食が出来、これが記録に出てくるのは室町時代とされる。そして、大麦は小麦より大切に取り扱われてきた。その証拠に麦湯、麦とろや麦わら帽子、麦笛などの細工もの名称まで麦にまつわる言葉のほとんどは大麦にちなんでいる。しかし大麦で作る麺・麦切りがなぜか麺食の歴史の中で埋もれてしまった。昭和50年代に乾麺が話題になったことがあったが、その後の人気はいま一つのようだ。』と述べています。
◆ちなみに日本農林規格(JAS)で「乾麺」の定義を調べてみると『小麦粉、蕎麦粉または、小麦粉もしくは蕎麦粉に大麦粉、米粉、卵等を加えたものに食塩、水等を加えて練り合わせた後、製麺し、乾燥したもので、その種類は、蕎麦、うどん、きしめん、ひやむぎ、そうめん、中華麺』となっています。「そば」と「中華麺」以外の違いは次の表のようになっています。
 種   類  太  さ  又  は  幅
 そうめん  太さ 0.7〜1.2ミリメートル
 ひやむぎ  太さ 1.3〜1.7ミリメートル
 うどん  太さ 1.8ミリメートル以上
 きしめん  幅  4.5ミリメートル以上、厚さ2.0ミリメートル
◆しかし、生麺、茹で麺などでは、製麺法を問わず「生めん類の表示に関する公正競争規約」によって、『「うどん」とは「ひらめん」、「ひやむぎ」、「そうめん」その他名称のいかんを問わず小麦粉に水を加えて練り上げた後製麺したもの、又は製麺した後加工したもの』となっていますので、ややこしい話ですが、この規約上では「ひやむぎ」、「そうめん」は「うどん」に分類され、狭義では「生めん」、「茹で麺」タイプは「うどん」のみ存在することになってしまいます。しかし、別項で、「一般消費者に誤認されない名称に変えることが出来る」となっていますので、それにより「そうめん」、「ひやむぎ」の名称を使用することも認められています。つまり、「生めん類の表示に関する公正競争規約」では一部特産品を除き、「乾麺」とことなり、太さに関する具体的な数値による基準や形状に関する具体的な規定を設けていないため、「そうめん」、「ひやむぎ」、「細うどん」などは製造・販売業者が見た目の形状に関する判断や意向により、一般消費者に誤認されない範囲で自由に選択して名付けていいようになっているのです。
◆再度インターネットで検索を続けていたら《ビストロ庄内・「麦きり」と「うどん」の違いてなあに?」食のよもやまばなし》という鶴岡で麺類の店を出している人と思われる方の記事がありましたので、その要点を紹介してみます。
@麦きりの由来
 小麦粉をこねて薄くのばし、細く切るから「麦切り」と言う。同様の作り方を蕎麦粉でやれば「蕎麦切り」という。おそらくうどんの古い呼び名ではないかと推察する。
A糅(かて)もの
 その昔、毎日白米を食べられたのはごく限られた人々で、たいていの人々は、実入りの悪い二番米や他の穀類いを食していた。これを「かてもの(かて飯)」と言う。古くは粟や稗が用いられたが、そうしたものは粉にしても食べた。通常粉ものは練って調理した。熱湯を粉に注いで強く練った「かいもち」や「ねっと」は胡麻だれなどを付けて食した。大分の「やせうま(痩馬)」とか山梨の「ほうとう」などの食品は、その当時の名残が今も残っている食べ物の一つである。「うどん」と「かてもの」の違いは、麺を茹でて、茹汁を捨てるか、味の着いた汁に最初から入れるかにあるようだ。形態の似た「ほうとう」は茹でないで、汁に入れるので、「かてもの」に分類されるであろう。
B麦切りとうどん
 昔、庄内では、乾麺を「うどん」と呼び。「麦切り」は自分の家で作る麺類のことを指したようである。なお、乾麺のうどんのことを当時、秋田の「稲庭うどん」が流行していたことから「いなにわ」とも呼んでいた。
 なお、麦切りと蕎麦の盛り合わせは、麦切りが捏ねる際に塩水を使用するので、茹でても少ししょっぱいし、反面、蕎麦は塩を使用しないで捏ねるので、同じたれで食するのは邪道である。また、蕎麦は澱粉の質が関係するのか、つゆは砂糖やみりんの甘味が強くないと美味しくない。
C結論
 次の二条件を満たしてこそ本来の「麦切り」である。
 イ 麦切りは、小麦粉を捏ねて作る手打ちの生麺である。
 ロ 麦切りは茹でて洗って、冷たいままつゆを付けて食べる。
◆以上の記事と最初に紹介したものと比べてみますと、@「麦切り」と「切り麦」と表現の違いがあるのですが、A原料や製法などからみると、原料はどちらも小麦粉で「うどん」の一種と考えられます。Bそして、どちらも「うどん」に比べて「細く切る」と言う共通ワードがあります。また、Cどちらも茹でて(煮抜いて)食する生麺であることが分かります。庄内でいう「麦切り」は、材料が小麦粉、それに塩水を加えて捏ねて細く切りそろえる生麺であり、それを茹でてから冷たいまま食することから、最初に紹介した記事の江戸時代の「料理物語」に掲載の「切り麦」と同じ麺のことを指すようです。ただ、現在では、「生めん類の表示に関する公正競争規約」に基づき、結局、生麺、茹で麺などは、製造・販売業者が「うどん」よりやや細切りのものを「麦切り」と呼称して販売しているものと考えられます。これが私の得た結論ですがいかがでしょうか。
 申し忘れましたが、《ビストロ庄内・「麦きり」と「うどん」の違いてなあに?食のよもやまばなし》」の記事の中でも『鶴岡でうどんをつゆに付けて食べるときは、「麦きり」だーと思って食べることが一番いいことだと思う。』と書いてありました。

2011年8月4日